日本、国家安全保障上の懸念を理由に外国企業による買収を阻止―対日投資審査の厳格化を示唆
主なポイント
- 日本政府は2026年4月22日、国家安全保障上のリスクがあると判断し、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づき、韓国系プライベート・エクイティ・ファンドであるMBKパートナーズによる株式会社牧野フライス製作所の買収を阻止しました。
- 本件は、外為法に基づく取引阻止事例として、日本でわずか2例目となります。なお、外為法は、日本の対内投資審査制度を米国のCFIUS1に類似した枠組みに近づけるため、2026年7月の改正が予定されています。
- 今回の日本政府の対応は、日本が外国からの投資に対する審査を強化していることを示す最新の動きであり、とりわけ半導体、AI、防衛、先端製造、サイバーセキュリティおよび重要インフラに関連する取引について、より厳格な審査が行われていることを示しています。
- プライベート・エクイティ投資家については、コンソーシアムの組成、間接的な投資形態、および実質的所有者(Ultimate Beneficial Owner)を含む最終的な所有構造に対する審査が一層強化される可能性があります。
日本政府、外為法に基づき牧野フライス製作所の買収を阻止
2026年4月30日、韓国系プライベート・エクイティ・ファンドであるMBKパートナーズ(以下「MBK」)は、日本政府が国家安全保障上の懸念を理由として当該取引に反対する異例の勧告を行ったことを受け、株式会社牧野フライス製作所(以下「牧野フライス」)の買収計画を断念したと発表しました。2
1937年創業の牧野フライスは、高精度工作機械および加工システムを手掛ける世界有数のメーカーです。同社は、マシニングセンタ、放電加工機、フライス盤、自動化システム、ならびにCAD/CAMソリューションの開発・製造を主力事業としています。³ 同社の主要製品である五軸マシニングセンタ⁴ は、ミサイルの誘導翼やノーズコーンのほか、自動車用金型、家電製品、半導体、ロケット部品および医療機器の製造にも使用されています。5
本件取引において、牧野フライスはMBKが運営するファンド傘下の完全子会社となる予定であり、当該取引は外為法上の対内直接投資として事前届出の対象となっていました。6 外為法では、国家安全保障上の観点から重要と判断される投資や、いわゆる「コア業種」7に該当する事業を営む企業への投資については、財務省および所管省庁への事前届出が求められます。8事前届出後には原則30日間の審査期間が設けられ、その結果として勧告が行われた場合、投資家は10日以内に当該勧告に従う必要があります。これに投資家が期間内に回答しない場合、または勧告に従わない場合には、取引の変更または中止を命じる正式な命令が発出されることとなります。9
MBKによる牧野フライスの買収計画に対する審査を経て、2026年4月22日、日本政府(本件では財務省および経済産業省)は当該取引に対する中止勧告を行いました。加藤財務大臣によれば、牧野フライスが高精度工作機械および加工システムを製造する「デュアルユース技術」に関連する事業を営んでいることから、本買収には国家安全保障上に影響を及ぼすおそれがあると判断されました。外為法上、デュアルユース技術とは、民生用途と軍事用途の双方に利用可能な技術を意味します。10 特定の工作機械は戦略的重要性の高い技術として位置付けられており、日本の防衛産業基盤および安全保障体制の一部を構成するものと考えられています。11 その後、MBKは本買収計画から撤退することを発表しました。
本件は、日本政府が外国企業による買収を阻止した事例としては、2008年に重要インフラを担う電力会社J-POWERへの英国投資ファンドによる追加出資が認められなかった事例以来、2例目となります。12 特筆すべき点として、MBKによる牧野フライスの買収計画については、牧野フライスが米国オハイオ州に製造拠点を有していることから、既に米国対内外国投資委員会(CFIUS)の審査を受け、承認を取得していた点です。13
日本における外国投資に対する審査強化と外為法改正案
日本政府による牧野フライス買収案件の中止勧告は、日本において外国投資に対する審査が一層強化されていることを示す最新の事例です。
外為法では、国家安全保障、公の秩序・安全、または重要インフラに関係する事業を営む企業への投資について、外国投資家は事前届出を行い、日本政府の承認を得る必要があります。対象分野には、防衛、航空宇宙、サイバーセキュリティ、通信、エネルギー、半導体、デュアルユース技術、その他日本政府が機微な産業と位置付ける分野が含まれます。14 政府が審査において考慮する要素の多くは、財務省が公表するガ イドラインや政策文書に示されているものの、法令上明文化されているわけではありません。そのため、日本政府には個別案件の審査において相当程度の裁量が認められています。
近年の法改正により、外為法の適用範囲は段階的に拡大されています。2019年には、事前届出が必要となる株式取得・保有の基準が10%から1%へ引き下げられたほか、外国投資家またはその「密接関係者(close associate)」15を含む外国投資家を日本企業の取締役又は監査役に選任することなど、新たな届出対象行為が追加されました。16
外為法による対内投資規制は今後さらに強化される見込みとなっています。2026年3月17日、日本政府は外為法の見直しおよび適用範囲の拡大を目的とする改正法案を閣議決定し、国会へ提出しました。改正法案は主に以下の内容が含まれています。17
- 財務省および国家安全保障局(NSS)が主導する省庁横断型の正式な審査委員会の設置18
- 日本企業の子会社を含む海外企業間取引(オフショア・トゥ・オフショア取引)や、最終的な所有者又は支配権の変更を伴う取引など、一定の間接買収の審査対象化
- 現在は行政指導により運用されているリスク低減措置を、法令上明文化すること(ガバナンス上の制限、情報遮断措置、機微技術へのアクセス制限、クロージング後のコンプライアンス義務などを含む)。
- 事前届出の対象ではなかった取引を含め、取引完了後においても、当局が審査や是正措置を行うことを可能とする「呼出権限(call-in power)」の導入
- 「みなし外国投資家」の定義拡大や、実質的支配権および実質的所有者に対する審査強化を通じた規制回避防止策の拡充
当該法案は2026年5月29日に国会で可決されました。現在の通常国会会期は2026年7月17日までとされており、外為法改正に係る関係政省令は2026年7月中旬から8月頃に公布され、2027年半ば頃に施行される見込みです。
日本への外国投資に対する実務上の影響
牧野フライス案件に対する日本政府の対応および外為法改正の動きは、日本が米国のCFIUS制度に類似した、より厳格で安全保障を重視する外国投資審査体制へ移行しつつあることを示しています。これにより、
機微な製造技術やデュアルユース技術を有するなど、国家安全保障上重要な事業を営む日本企業への外国投資については、従来以上に規制上のリスクが高まることが予想されます。
また、予定されている外為法改正により、外為法上の分析・検討が必要となる取引の範囲はさらに拡大すると見られ、審査においては経済安全保障や地政学的要素がより重視されるようになると考えられます。今回の牧野フライス案件は、米国CFIUSのような厳格な審査制度の下で承認を得ていたとしても、日本の外為法に基づく承認が当然に見込まれるわけではないことを示しています。
一般に、日本への投資を検討する外国企業や投資家は、より厳格な審査、審査期間の長期化および規制上の不確実性の高まりを想定する必要があります。また、ガバナンス上の制限、情報遮断措置および継続的なコンプライアンス義務といったリスク低減措置への対応もますます重要となるでしょう。特にプライベート・エクイティ投資家にとっては、間接買収、実質的所有関係の透明性および実効支配に対する審査が強化されることから、コンソーシアム投資、複層的な持株会社構造および受益者構成に対して、これまで以上に詳細な検証が行われる可能性があります。19
こうした環境下では、外為法上の届出や審査の対象となる可能性のある投資案件について、取引実行前の段階で十分なリスク評価を実施することが、これまで以上に重要になると考えられます。